FLOOD ~ Floated Lands Out Of Doomsday
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第一章 覚醒
「ここで、落ちるわけにはいかない」 操縦桿が悲鳴を上げる。 「小隊長、ヨウ小隊長! もうダメです。このままでは墜落します」 暗い夜空の中、二人を乗せた戦闘機が地面に迫って行く。 「仕方ありません」 目前に迫る死が彼女を決意させる。 「あれを使います」 胸から取り出したのは赤いカプセル。 「し、しかし、それはまだ実験段階で、人格崩壊の可能性が……」 激しく揺れる機内であっても彼女の覚悟は揺るぎない。 「こんなときに使わないでいつ使うのです?」 「ヨウ小隊長!」 「色々な可能性を覚悟しておいてください」 彼女はドッグタグを握り締める。そこにはヨウ・ファーリンと彫られていた。 カプセルを口に放り込む。奥歯で噛むと、どろりとした液体が口内を占領する。それを飲みこむと、突然ファーリンの目が赤く妖しく輝きだす。 「私はここで終わるわけにはいかない」 ファーリンから妖艶な炎が立ちのぼる。 そしてその炎は機体を包み込むまでに膨れ上がる。 機首がふわりと持ち上がる。 そのままゆっくりと下降していく。 「た、助かったのか……」 後部座席で若い兵は安堵の息をつく。 地面に着地すると、二人はハッチを開け外に歩み出る。 その二人を、銃を持った人々が取り囲んでいる。 「なぁ、あたしに銃なんて向けて。けんか売ってんのか?」 「コ、コウ小隊長?」 「お、お前ら。わしらの村に何の用があってやってきた?」 田畑が広がるそこに、何とも不釣合いな戦闘機が一機、まばゆい光に包まれて降りてきたのだ。 村人たちはこの奇妙な侵入者に飛び起きてきたのだった。 「うっせぇ。じじい。さっさとあの世へ行けっつーの!」 姿勢を低くし、すさまじいスピードで疾駆する。 一番近くにいた村人の手前で伸び上がったかと思うと、首が勢いよく飛んでいった。 常識を度外視した光景に、村人たちは唖然と立ち尽くした。 彼女の腕はいつの間にか鋭利な刃物に変化していた。 女が人を殺した。そのことをやっと理解した村人たちは散り散りに逃げ出していく。 「ひぁあああああ、お、お、お、おた、おおお助けぇえええええええ」 そこは一瞬で地獄と化した。 次々と首がみだれ飛ぶ。 「ひゃっは――――――」 それは演舞であった。 きらめく夜空の下、ファーリンの刃は血の奔流を解き放っていく。 「まじ、クールだぜ、てめぇら」 村を照らす明かりの中、血の赤が舞い踊る。 もちろん、ファーリンの部下も例外ではない。 「コウ小隊長、何をなさってい――」 疑問が張り付いた顔をしたまま宙を舞う首。 ファーリンは酔いしれていた。 この地獄絵図に。そして、それを生み出した自分自身に。 「あはっ、あはははっ、あははははははははははははははっ」 しかし唐突にそれが終わる。 「わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 犬の遠吠えにも似た少年の叫びが一帯をこだました。
「俺のせいだ」 少年は少女を抱きしめる。 その少女はピクリとも動かない。 「俺にもっと力があれば」 少年の目から熱い涙が零れ落ちた。 そこで少年は目を覚ました。 「また、あの夢か」 布団から起きて、ハンガーにかけてあるいつもの仕事着に着替える。元は青いつなぎだったのだが、だいぶすすけて、白っぽくなっていた。 洗面所で顔を洗う。冷たい水が日増しに熱くなる初夏の朝には心地いい。 「サクラ、いってくる」 そう言うと少年は誰もいない家をあとにする。 タダトはパンをかじりながら、ゆっくりと電柱の立ち並んだ道を一人歩く。 ただ道は舗装されているわけではない。それがどこか不調和な感じを漂わせている。 周りにはのどかな田畑が広がり、その合間にぽつぽつと木造の家がある。 「タダトちゃん。おはようさん」 田に肥料を撒いていた老婆が声をかけてきた。 「ばあちゃん、いつも言ってるだろ。ちゃんづけはやめろって。俺もう十五だよ?」 「タダトちゃんはこの村に来たときからずっとタダトちゃんなんだよ。わたしらのかわいい孫みたいなもんさね」 老婆は微笑みながらそう答えた。 「恥ずかしいこと言うなって。それじゃ、いってくるから」 「あぁ、いってらっしゃい」 タダトはこのドウゴの村が好きだ。和国のはずれにある小さな村だが、みな優しく、暖かかった。 たまにけんかが起きても、次の日には、そのけんかをしていた両者が酒を酌み交わしていたりするものだった。 タダトがのんびり歩いていると、向こうから軍服に身を包んだ女性が歩いてきた。 軍人がこの村に来ることは良くあることだった。なんの用があって来ているのかはタダトにはわからなかったが。 「君、ちょっと、いいかしら?」 「はい?」 素通りするかと思っていたのに、突然、話しかけられて、タダトは少し驚いた。 「ちょっとリクドウさんに用があるんだけど、家どこか知らない?」 「え、リクドウって、俺ですけど」 「え、あなたがこの村の村長?」 「あぁ、村長か。村長の家ならここをまっすぐいって、井戸を右に曲がって、ずーっといけば大きい屋敷が見えますよ」 タダトは微妙に恥ずかしかった。女の人がタダトに会いに来るなんてあるはずがなかった。 「ありがとね。君、村長さんの息子さんなのかな。私この村初めてなのよ。なんで私がこんな辺鄙な田舎に来なきゃならないのよ。あの、くそじじいが。戻ったら、わら人形にくぎ刺してやるんだから。あ、ごめんなさい。なんでもないのよ、あはは」 「は、はぁ」 「それじゃ、またどこかで会いましょう」 「は、はい。さようなら」 そしてさっさと、言われた道を歩いていった。 「何か、騒々しい人だったな」 タダトも苦笑顔でまた歩きだした。 「おはよう、ハル」 ポストの前に着くと唯一の親友であるハルが待っていてくれていた。 二人は最初にできた友達だった。なぜなら、タダトが来るまでこの村にハルの同世代はいなかったからだ。 「見てたで、見てたで。綺麗なお姉さんに話しかけられとったやないか」 ハルは朝から面白いものを見れたと、大はしゃぎのようだ。 「お前な、ただ道聞かれただけだって」 「いやいや〜、みなまで言わんでええ。わかっとるさかい」 「はぁ、なにをわかってるって?」 「びろーんて、鼻の下伸ばしてからに」 「いや、それお前だろ」 「あー、もうちょっとタダトが来るのが遅かったら、わいが話しかけられたのに。おしいことしたのぅ」 ハルは心底悔しがっているようだ。 「あのな、そんなことより、早く行かないと、親方にしかられるぞ」 親方の怒った顔が頭に浮かんだのか、ハルの顔が青ざめていった。 「おー、こえぇこえぇ。早く行かな」 タダトはハルと一緒に採掘場で働いている。この村の近くに銅鉱があるのだ。 「それじゃ、競走な。遅かった方が今夜の晩飯をおごるってことで」 「うぇ、タダト、そんなんあかんて。お前の方が足速いに決まっとるやん」 「お先ー」 「おい、待てや、こら」 二人は駆けていく。 いつも通りの日常。 しかし、タダトはもうこの平和な日常を捨てる覚悟を決めていた。 空には澄み切った青空が一面に広がっていた。
「おめぇら、今日はこのへんで上がっていいぞ」 「はーい、親方」 「へーぃ」 夕日を背に二人は村道を歩く。 「はぁ、今日も疲れたー」 「なぁ」 「ん、なんや?」 「あのさ」 タダトは真剣な顔をして言った。 「俺、軍に入ろうと思ってる」 「はぁ、冗談抜かすな」 あきれたように、ハルは額に手を当てて言った。 「俺にも何かできることがあると思う。俺らだけ平和な村で戦争が終わるのを待ってるのはダメなんじゃないかな」 カラスの鳴き声が遠くに聞こえる。 「わ、わいはいかへんで」 「うん、わかってる。これは俺が決めたことだ。すぐに明日にでも志願しに行く」 「お前さ、まだ妹のことを……」 タダトは一瞬だけ苦痛に顔をしかめるが、すぐにかき消し、いつもの乾いた笑顔の仮面をかぶる。 「もう忘れたよ」 「そ、そうか、それならええんや。ははは」 誰が見ても無理やりだとわかるような引きつった笑顔でハルはタダトの背をぽんと叩く。 「まぁ、お前なら大丈夫やって。俺が保障する。だって、なにやってもお前にはぜってぇかなわねぇもん」 「そんなことないさ。お前にはだいぶ救われてた部分もあったんだよ」 「へへへ」 ハルは照れたように鼻をかいた。 「すっごく照れくさいけど言っとく」 「んぁ、なんや?」 「今まで、ありがとうな」 「最後のお別れみたいなこと言わんとけって、またいつでも帰って来たらええやん」 「あぁ、そうだな」 二人の影が遠く寄り添い合っていた。
カンカンカンカンカンカン。 警鐘が鳴らされている。 タダトは飛び起きた。 この警鐘は嫌な記憶を呼び覚ます。 家を出ると、村のはずれに人だかりができているのに気づいた。そしてそこには一機の戦闘機が横たわっていた。 そして見た。優しい村の人々が、いつもおはようと声をかけてくれる老婆が、いつも大声で指示を飛ばす親方が、いつも一緒にいた親友であるハルが、首を飛ばされている光景を! 「わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 その瞬間、タダトの目が赤く染まる。 一瞬でファーリンに迫る。 タダトは刃となった右腕を左から右へとなぎ払う。 それを見切っていたファーリンは刃で受け流しつつ上空へ飛び上がる。 そして急降下。刃をタダトの首めがけ振り落とす。 首をずらすことでかわすとすぐに飛びのく。 着地と同時に強く蹴り、ファーリンのもとに再度飛ぶ。 刃をまた左から右へとなぎ払う。 「同じ手?」 ファーリンは笑いながら今度は避けずに刃で受け止めた。 しかし、いつのまにか、タダトの左腕も刃になっていた。 左の刃をそのまま差し込む。 「はっ!」 ファーリンは急いで後方に逃れる。 「さっきまで、左腕が普通だったのは、フェイクだったって言うの?」 「ふーふーふーふーふーふー」 タカトは荒い呼吸を繰り返すだけだ。 「まさかね。理性吹っ飛んでるみたいだし。超ウケるんだけど。うっふふ」 ファーリンは不敵に笑っている。 と、タダトのもとへ何かが転がってきた。 澄んだ青色の石。 「あ、あれは!」 ファーリンは服の内ポケットからこぼれ落ちたそれを取り戻そうと、足を踏み出しかける。 が、突然その石が光り始めた。 その光がタダトを包み込んだところで変化が生まれた。強烈な内向きの風。その光の渦に何もかもが吸い込まれていく。 「なんだ?」 光と風に翻弄されつつ、ファーリンは即座に遠く後方に飛び、逃れる。 すさまじい轟音を立てつつ、地面さえをも削っていく。 それはさながら台風。 光と風の濁流。 村はそのとき消失した。
「うーん」 タダトは地面の上に寝ていたようだった。周りを見渡すと、どうも直径数キロメートルほどのクレーターの中心にいるようだ。 「俺、どうしてこんなところに」 どうも記憶が不明瞭だった。 「えーと、緊急時の鐘の音が鳴り響いてて、それで飛び起きて、家の外に出たんだ。そしたら――」 吐き気がタダトを襲う。 「ごふぁ、ごほぁ。ハ、ハル。親方。みんな……」 涙がとめどなく流れてくる。 タダトは胸を抱え、泣いた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ。とにかくその後どうなったのか確かめないと」 ひとしきり泣くとだいぶ落ち着いたようだった。 起き上がろうとすると、コツと何かが指に触れた。 「ん? これは」 透き通った青い石だった。 「なんかきれいな石だな。なんなんだろう」 その石をズボンのポケットに入れると、 「とりあえず、ここを出た方がいいな」 タダトはクレーターの外に向けて歩き出す。 だいぶ歩くと、そこにはこんもりとした丘があった。 「ここは、よく、三人で遊んだ――」 と、丘の上に何人かの人影が見えた。タダトがそちらへ向かってみると、 「悪魔」 「人殺し」 「お前なんか死んじゃえ」 小さな子供たちがタダトに向かって石をぶつけてきた。何個も何個も。 そこには、子供と老人が何人かいた。皆一様に顔が怒りに染まっていた。 「じっちゃん。ここで何があったんですか?」 タダトは尋ねた。 「はぁ、タダト。何を言っとるんじゃ。お前がしたことじゃろう?」 「わからないですよ。ちゃんと説明してください」 「覚えとらんのか。昨晩、戦闘機が来たじゃろ。そこから出てきた女が村の者を虐殺していった。そのときじゃ。タダトが出てきて、女と戦い始めたじゃないか。しかも女と同じ力で。そして、最後はタダトが変な力で村を消してしまったんじゃ」 「俺が、村を?」 そこにいる者たちの冷たい目がタダトを突き刺していた。 「その女が悪いのはわかっとる。だがなぁ、タダトが村を消したのは事実じゃ。タダトを許してはやりたいんじゃが。ただのぅ、そういうわけにもいかん。このままここに置いとくわけにはいかんのじゃ」 「そうか」 「わかってくれるかのぅ?」 「はい」 タダトは自分が何をしたか、一体ここで何が起こったのか全く覚えていなかった。ただ、ひとつわかったことがあった。もうここに自分の居場所はないのだと。 「ここから、西に行けば、ソウセイという町がある。そこへ行けば何とかなるじゃろうて」 「わかりました」 タダトは西へと歩き出す。 背中へ掛けてくれる声は無かった。ただただ恨みを含んだ視線が突き刺さってくるだけだった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 タダトはひたすらに駆ける、駆ける、駆ける。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 ただそこに響くのは激しい呼吸の音のみ。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 額からは大粒の汗が滴り落ちる。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 立ち止まるとそこには一体の死体が転がっている。 「はぁっ、はぁっ。間に合わなかった……」 かたく握りしめた手を地面に打ちつける。 「俺のせいだ」 タダトは少女を抱きしめる。 その少女はピクリとも動かない。 「俺にもっと力があれば」 タダトの目から熱い涙が零れ落ちた。 そこでタダトは目を覚ます。 夢がだんだんと鮮明になってきているのはタダトの錯覚だろうか。 村を追い出された後、西の深い谷に挟まれた森の中を進んでいくうちに日が暮れ、そのまま眠ったのだった。 うっそうと生い茂る木。きのこがそこかしこに群生している。日の光はほとんど木々にさえぎられ薄い闇が周りを取り囲んでいる。 「サクラ、俺」 と、そこに女の悲鳴が響きわたる。 タダトは耳を澄ます。どうやら向こうの方角らしい。 「なんか嫌な感じがする」 タダトがその草むらを抜けると、そこには赤い毛に包まれた何かがいた。 身の丈、四メートルほど。形は人のようだが、口からは大きな牙がのぞいていた。 その牙を今にも女に突きたてようと、 「はっ」 タダトは思いっきりそいつの横っ腹にとび蹴りを入れる。 そいつはタダトに一瞥をくれただけでまた女に向きなおる。 「は、はは。そんなんじゃ効かないか。本気だそうかな」 タダトは地面を強く蹴る。 そして五十メートルほど飛び上がる。 宙返りをしてそこにあった木の枝をまた蹴る。 「はあああああああああぁぁぁぁっ」 枝を蹴った反動と重力とが重なり合ってぐんぐんとスピードを上げ、そいつに迫る。 そして頭突きをかました。 「いってぇええええええぇぇぇぇっ」 ずしんと重い音を立ててそいつは地面に倒れていった。 「はぁはぁはぁはぁはぁ」 「大丈夫ですか?」 タダトは荒い息を繰り返すその女を見やる。 長い黒髪を後ろで一まとめにしている。はっきりとした黒い目がやけに印象的だ。 「はぁはぁ……。私は、大丈夫……」 「それなら良かった」 「それより、君はだいじ……」 女は言葉を詰まらせた。 「え? 俺がどうしました?」 「い、いえ、何でもないの。それより頭、大丈夫なの? すごい音したわよ」 タダトは頭をぺしぺし叩いて言った。 「平気ですよ。俺の頭は岩より固いんです」 「そ、そう。助けてくれてありがとう」 「いや、気にすることないですよ。それじゃ」 タダトは手を上げてそのまま歩き出そうとした。 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。女一人こんな変な生き物がいる森に置いて行く気?」 女は口を尖らせて言う。 「俺に関わらないほうがいいですよ」 「でも、森を抜けるのに一人は大変でしょ? 一人より二人の方が良いとは思わない?」 「俺は悪魔なんです」 タダトは片方の口の端を引き上げて言った。それは自虐が具現化した笑みだった。 「あ、あなた……」 女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにそれは消え、真剣な表情になる。 「俺、ここから近くの村を滅ぼしたらしいんです」 「あなた覚えてるの?」 「いや、何も覚えてはいないんですがね。はは」 タダトは笑った。笑うしかないといった感じだった。 「そ、そう……」 その女、ファーリンは安心した。 「わかりました。森の外までは一緒に行きましょう」 タダトは承諾した。 「良かった」 二人は森を歩き出す。 「俺、タダトっていいます」 「あ、わたしは、ファ……、ハナよ」 「なんかおばあちゃんみたいな名前ですね。はは」 「なによ、笑わないでよ、うふふ」 二人は笑った。 タダトは乾いた笑いを。 ファーリンは冷たい笑いを。 タダトはこのとき全く気づかなかった。隣でファーリンが必死に策をめぐらせていたことに。
「俺、村追い出されたんです」 「えっ」 タダトは訥々と話し出した。誰かに自分の感情を吐露したかっただけなのかもしれない。 「俺が村を消したっていっても、そんな実感全く無いんですよ。でも、生き残ったじっちゃんがそう言ってました」 「生存者がいたのね?」 「はい。老人と子供が数人。子供からは石を投げられましたよ」 「そう。それは悲しいわね」 「村の人はいい人ばかりで、嘘なんかついたりしない。たぶん本当のことなんでしょう。あんなクレーターの真ん中で目を覚ましたんじゃ、嘘だなんて言えないですよね」 タダトは薄い笑みをずっと浮かべている。 ファーリンは静かに聞いていた。 「でも、もとはといえば、急に戦闘機でやってきて、村をめちゃくちゃにしたあいつが悪いんですよ」 「あいつ!?」 ファーリンはハッとした。 「まるでおもちゃで遊ぶように親友のハルや、親方を、村のみんなを。でもそこから先の記憶がどうにも思い出せなくて」 「そ、そうなの」 ファーリンのことをタダトは覚えていない。それは出会ったときにわかってはいたが、やはり動揺してしまう。 「でも、タダトくんが村を消したことには変わりないわけでしょ?」 「あいつがいなきゃ、俺が村を消すこともなかった」 タダトは急に声を荒げる。 「そんなもしもの話をしてもしょうがないでしょ」 「でも、俺は村を消したいなんて思ったりするはずがない」 「タダトくんがどう思おうと、君が村を消したという事実は消えないわ」 「そんな。俺はどうしたらいいんですか」 「そんなの、私は知らない」 ファーリンは切って捨てる。 「やっぱりあいつさえいなきゃ、こんなことにはならなかったんだ」 「あいつ、あいつって、君、村を消した責任から逃れたいだけじゃないの?」 「だって、そうでしょ? あいつがいなきゃ俺は」 ファーリンの平手がタダトの頬を打つ。 「あっ、ご、ごめんなさい」 ファーリンは自分でも驚いたように謝る。 「いや、いいんです。俺がたぶん悪いんだろうことはわかっているんですよ。それでも……」 「ごめん、本当にごめんね」 二人の間に沈黙が流れる。 ふくろうが遠くで鳴っている。 どれくらい経っただろうか、ふいにファーリンが口を開く。 「だいぶ暗くなってきたわね。今日はこの辺で寝ようか」 「……、はい」 二人は大きい木の根っこを挟んで、お互い背を向けて眠った。
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