ユグノーの書庫

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RB 

第一章  Rainbow Bloom

 

平八「今日も学校すっごいだるかったw」

 パラディンである平八が口を開いた。

 パラディンとは職業の一つで、いわゆるタンカーである。敵の攻撃を一身に受けつつ、敵の標的(タゲ)が他に逸れるのを防ぐ。

 平八は敵のタゲをとりつつ、こちらに敵を運んでくる。

ココウェット「何かあったの?」

 と、プリーストのココウェットが訊いた。

 プリーストは回復魔法と各種バフを担当する。バフとはステータスアップの補助魔法の総称である。

 ココウェットは切れかけたバフをかけ直した。

平八「だって、いきなりテストとかありえねーしwww」

ココウェット「うわ〜」

平八「ぜってー平均以下っつーか赤点だってw」

 平八は高校一年生だと聞いている。一年生から赤点だとかなりまずいものがあるんじゃないだろうか。

 ココウェットも高校一年生らしいが二人は大違いだった。平八には精神的に幼いものをユグノーは感じていた。といってもユグノーは高校三年生なのでそう大して年齢は違わないのだが。

ユグノー「平均以下とか取ったことないけど」

ココウェット「すごw」

平八「ユグかしこいもんw」

 と、平八が言うので、ユグノーはやんわりと否定しておく。

ユグノー「そんなことないよ」

 どうせ俺は中学で知識が止まっているんだから。とまでは言わなかった。

 彼らはチャットをしつつも、敵と戦闘中だということも忘れてはいない。

 平八が敵を集め、ユグノーが掃討していく。ココウェットは疲弊した平八を回復しつつ、バフを切らさないように注意している。

 そう、彼らはネットゲームの中にいるのだ。操作システム、戦闘システム、どれをとっても数あるMMORPGと変わりはない。

 ユグノーにとっては別に突飛なゲームである必要はなかった。ネットゲームとはチャットツールの延長だと考えていたからだ。

ユグノー「でも、いきなりは大変だね」

 ユグノーは減ったMPをアイテムで回復しつつ言った。

平八「事前に言ってくれりゃあ俺だってw」

ココウェット「それでも赤点だったら?」

平八「ありえるwww」

ユグノー「だめじゃん」

ココウェット「まじかw」

平八「だって、勉強なんかする気ねーしw」

ココウェット「え〜w」

平八「勉強なんかやったって意味ねーじゃんw」

 と、平八が言い放ったので、ユグノーは『確かにそうかもしれないけど――』とチャットを返そうとしたが、

平八「なあなあ、そろそろクイント砂漠の方行ってもいいんじゃん?w」

 平八は今の話題にも飽きたのか、ゲームの方の話をしていた。

ココウェット「行ってみる?」

ユグノー「この前即死してたとこだな」

平八「一撃だったしw」

ココウェット「だったよねw」

平八「でも、前より3レベも上がったしいけるんじゃね?」

ココウェット「かな」

平八「まあ、行こうぜ」

 三人はマップを移動することにした。

 ユグノーの意向はまるで眼中にない様子の平八だったが、いつものことだったので、別に気にする風でもなく、ついて行くのだった。

平八「んーと、ちょっと痛いけどだいじょぶそうw」

 平八はそこにいた一体の敵を、攻撃されつつ、こちらに引っ張ってきた。

ココウェット「ちょっと、早くこっちに」

 ココウェットはすかさず回復魔法をかける。

平八「さんくすw」

ユグノー「うん、いけなくはないね。俺の魔法も敵に通るみたいだし」

平八「経験うまーw」

ココウェット「うまいうまい」

ユグノー「さっきの敵の二倍くらいは入るね」

平八「ソロじゃここ無理だw」

ユグノー「ちょっと、回復アイテムの消費が激しいけど、ドロップ品も良いから、かろうじて黒字にはなるかな」

 と、ユグノーは適当に試算した。

平八「ここのクエスト受けてたからちょうど良かったw」

ユグノー「なるほど」

 ココウェットは絶えず回復魔法を掛けているせいで、チャットしている暇がなさそうだった。

 そのせいか、皆しばらく無言で、敵をひたすら狩っていった。

 敵を倒してはまた次の敵を。このループがMMORPGの基本である。

 飽きることなく続けられるのは、ネットゲームであるが故だろう。つまり、一人ではないということだ。

ユグノー「ちょっと、回復アイテムなくなったから、一回町戻ろうか」

 と、ユグノーが提案すると、

ココウェット「私も切れかけてたんだ〜」

 と、ココウェットも賛同した。だが、そのせいで回復魔法がおろそかになり、平八が死んだ。

平八「ちょまw」

ココウェット「あ〜」

ユグノー「あ」

平八「まさかのw」

ココウェット「ごめんよ〜」

平八「ぐふぁ」

ユグノー「ご臨終です」

ココウェット「ち〜ん」

 二人はアクションで『拝む』をした。

平八「うはwwwwおkwwww」

 と、平八は派手な捨て台詞を残して街へと戻っていった。

ユグノー「俺らも戻るか」

ココウェット「うん、そうしよ」

 二人も、街へ一瞬で戻れるアイテム、『巻物』を使って街へ飛ぶ。

ココウェット「そういや、UMAさんは決闘中だっけ」

ユグノー「ああ、一対一で相手を募集してるみたいだね〜」

 UMAというのは三人と同じギルドのメンバーだ。ギルドの名前は『むぐぅ〜』。

 『むぐぅ〜』は四人だけの少数ギルドで大っぴらに募集しているわけでもないのでこれ以上増える見込みもない。

 そしてココウェットは『むぐぅ〜』のギルドマスターなのである。

ココウェット「ギルメン増やした方が良いかな〜?」

平八「面倒だからいいw」

ユグノー「このままで良いと思う」

ココウェット「そっかw」

平八「んー、そろそろ落ちないとw」

落ちるとは、ネットゲームを終了するという意味で使われる。

ユグノー「俺も、露店見てから落ちようかな」

ココウェット「私も〜」

平八「じゃ、おつーw」

ココウェット「おつかれ」

ユグノー「お疲れ様」

 平八はログアウトした。

ココウェット「あ、ちょっとトイレ」

ユグノー「うぃ」

 数十秒も経たぬうちにココウェットが帰ってきたようだ。

ココウェット「なあ」

ユグノー「ん、早いね」

ココウェット「面白いスレ見つけたんだよ」

ユグノー「ふむ」

 ココウェットはチャット欄にアドレスを打った。

ココウェット「そのスレ建てた奴が犯罪予告してるみたいなんだ」

ユグノー「犯罪予告とか、ただの釣りじゃないの?」

 釣りとは、それを見た人が過剰な反応を示すのを楽しむ愉快犯的な行為のことだ。

ココウェット「そうかもしれないけど、なんか面白そうだからさ」

ユグノー「まあね」

ココウェット「さすがに犯罪予告とだけあって、少し荒れ気味だけど」

ユグノー「ほほー」

ココウェット「まあ、見といてよ」

ユグノー「わかった」

ココウェット「じゃ、落ちる。おつかれ」

ユグノー「お疲れ様」

 ココウェットが落ちたので、ユグノーは露店を見てまわってから、一応ギルドチャットでUMAに挨拶をしてテトラオンラインを終了した。

 

現実世界(リアル)での一切の接点を絶ったユグノーこと松島(まつしま)(さとる)にとって、適度な距離感を保っていられるネット上での付き合いはぬるま湯の様でとても心地良かった。

 引きこもりである悟にとってユグノーはもう一人の自分であると共に、リアルを捨てた彼にとって全てだったのだ。

 悟はさっそく先ほど教えてもらったアドレスに飛んだ。

 そして、そのスレッド名を見て悟の表情が固まった。

 怪盗レインボーブルームによる予告状。

 

「よぉ、悟」

「なんだ?」

 それは悟が中学三年生の頃のことだった。まだ、その当時は学校にも通っていて親友と呼べる者もいた。それがこの笠木(かさぎ)(じん)だった。

「今日、俺すっごいことに気付いたんだぜ」

 刃は得意気な顔で悟に話し掛けた。

「刃のすごいことなんて、どうせ大したことないんだろ?」

「じゃ、教えなーい」

「ちょ、それはないよ。そこでやめたら気になるだろ」

「だろだろ。今日英語のミニテストあったじゃん?」

 悟は思い出す。とても簡単なテストで、悟はいつも通り満点である自信があった。

 きちんと授業さえ受けていれば満点なんて普通だろう、と悟は考えていた。

「それが?」

「ほら英語のテストって、名前英語で書くじゃん」

 英語の先生の指定で名前欄にも英語で名前を書くのだ。

「そうだね」

「テストの内容さっぱりで暇してたんだよね〜」

「だろうね」

 刃は授業をよくさぼるし、勉強なんてろくにしないものだから平均以下が常だった。

 ただ付き合いが長い悟にだけはわかっていた。刃は頭が悪いわけではない、ただ勉強が嫌いなだけだと。

「そんな俺でも名前くらいは英語で書けるんだよ。ぼーっとそれ眺めてたら気付いちゃったんだよね」

「何に?」

「俺の名前。逆からも読めるなぁって」

 悟は頭の中で考えた。KASAGIJIN。NIJIGASAK。虹が咲く。

「なかなか奇麗だね。刃には似合わないな」

「なんかすごくね」

「まぁ、確かに。俺なんか逆に読めやしないしね」

「超ハイカラじゃね」

「ハイカラって死語もいいとこだろ。じゃあ、こういうのはどう? いっそ英訳してレインボーブルーム」

「うわ、超かっけー」

 刃は満足そうに笑っていた。

 その日以来、刃は金色だった髪を虹色に染めた。金色でさえかなり目立っていたのに、さらに目立つようになってしまった。

 刃はどっからどう見ようと不良に違いなかった。

 そんな刃と優等生であった悟がつるんでいるものだから、周りからはご多分に漏れず凸凹コンビと呼ばれていた。

 悟は誰と面するときでも態度を変えない。それが刃にとっては気楽だったのだ。

派手な金髪、そしてこの日以来は派手な虹色。刃に話しかける者は悟以外いるはずがなかった。

 

 悟は回想から戻ると、ただの偶然だろうと思い込むことにして、そのスレッドを読んだ。

1:レインボーブルーム『第一回怪盗予告

日時:九月六日午後十時

場所:新宿

標的:眼球』

2:名無しさん『2げっと』

3:名無しさん『釣り乙』

4:名無しさん『釣り乙』

5:名無しさん『釣り乙』

6:名無しさん『管理人に削除以来出しておけよ』

7:名無しさん『またゆとりか』

8:名無しさん『通報しました』

9:名無しさん『マジだったらどうする?w』

10:名無しさん『んなわけないだろ』

11:名無しさん『今時犯罪予告とかw』

12:名無しさん『て、もう明日じゃんw』

13:名無しさん『怖い怖いw』

 そこでレスは終わっていた。

 悟は呆れ返って閉口した。

 信憑性は欠片もなく、悟にはただのネタにしか見えなかった。名前以外は。

 現時刻は九月六日午前三時半。予告時間まで二十四時間を切っていた。

「下らないな」

 悟はスレッドを閉じ、いつも通りネット上を徘徊することにした。

 こうして、いつもと変わらない悟の一日は過ぎていった。