『さしすせそ』が言えない君
「ちぇんちぇい、ここわからないの」 『さしすせそ』が『ちゃちちゅちぇちょ』になってしまう、我が教え子であるルリが言った。 「ここはね。ここをこうするとこうなるでしょ。だからここをこうしてこうすればいいんだよ」 俺はテキストとノートを交互に指しながら解説した。 ここの教室で一番物覚えの悪いルリは、いつも終わった後にわからなかった部分をこうして訊きに来るのだ。 他の生徒はもう帰ってしまってここにはいない。 「う〜ん、どうちてもわからな〜い」 「困ったなぁ」 俺にはこの時間が貴重だった。なぜならこうしてルリと二人きりになれるのだから。 歳が離れていようと俺がルリを好きな気持ちに嘘は無かった。 「ちぇんちぇい、ごめんなちゃい。あたち、馬鹿で」 「そ、そんなことないよ」 上目遣いで謝ってくるものだから俺はどぎまぎしてしまった。 「いつも、ちぇんちぇいはあたちのために残ってもらってる。だから、あたちもちぇんちぇいのために何かちたい!」 俺の手を取ってそんなことを言ってくれる。 「いや、俺はルリと一緒にいれるだけでうれしいんだよ?」 「なんでもちゅる!」 ルリが必死にそう言うものだから、つい俺も口を滑らせてしまった。 「じゃあ、キス」 ルリは想像してなかったのか、きょとんとした表情を見せた。 「いや、ごめん、冗談だよ」 と、俺は慌てて誤魔化そうとした。 だが、ルリは恥ずかしそうに、 「いいよ」 とだけ、呟いた。 俺は肯定されるとは思ってもいなかったので目をしばたかせた。 「いや、でも――」 と、言いかけたその俺の口をルリの唇が覆った。 「ん」 ルリの上気した頬が妙になまめかしかった。 俺は我慢しきれず、ルリを強く抱きしめた。 次第にキスは激しくなり、舌を絡める。 「ぐほ」 あまりにも激しくキスをしたせいで、ルリの安い入れ歯がはずれてしまったようだ。 「ひぐふがぎふ」 「もう、おっちょこちょいなんだから」 と、俺は入れ歯を嵌めてあげると、続きを楽しむことにした。
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