ユグノーの書庫
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「おはよう!」 今日も朝から佳織は元気だった。 僕の方はと言えば、朝から降りしきる雨で憂鬱そのものだった。 僕は雨が嫌いだ。なぜなら、雨の日は部活が休みになるので弓矢を射ることができない。 雨だからって、そのままイコールブルーになるとか、そんなセンチメンタルな心を僕は持ち合わせていない。いまどきの中学生なんて所詮はこんなものだ。現実的で即物的で刹那的。 「さて、今日は何をするんですか? 名探偵の木下佳織殿」 「今日は何もしないわ」 「え」 僕は肩透かしを食らった。 「休憩よ、休憩。ちょっと買い物に付き合って」 「え、ちょっと、差出人を探す方が先決じゃ」 「差出人って言ったって、今日その子が死ぬわけでもないでしょ?」 「そりゃ、まぁ、そうだけど」 でも、やっぱり、すぐにでも差出人を探し出したいという気持ちがあった。僕の人生の春に関わってくる大問題だからだ。 「それにね。その差出人を探し出すための『ブツ』を買いに行くのよ」 僕は佳織にあらがえるはずもなく、 「わかりました」 と言うしかないのだった。 「さて、じゃあ、あとは放課後にね。今日は部活無いんでしょ」 「うん」 佳織が席に戻ると、僕は一時間目の授業の用意を机に出し、ラブレターの差出人について考えていた。 僕のことを好きになってくれる人がいた。その人のことが誰かわかって、付き合うことになったりして、そして……どうなっちゃうんだろう。初めてのことだからどうしていいかわからない。 デートとかしなきゃいけないのかな。どこ行けばいいんだろう。どんな話したらいいんだろう。 一時間目が始まっても、悶々とした考えが浮かんでは沈み浮かんでは沈み、授業に身が入ることはなかった。 放課後、佳織と共に近くの繁華街へと向かった。 雨の日ということもあって、人はそれほど多くはなかった。それでも、何組かのカップルが笑顔で会話をしているのがちらほら見える。僕らもそのうちの一組とでも見られているんだろうか。 こういうのはやっぱり恥ずかしいな。 「えっと、どこに行くのかな?」 僕は佳織に尋ねた。 「そこの古着屋よ」 僕には、ただ佳織が欲しいものを買いに来ただけって気がしてならない。 「ここよ、ここ。あたしの行きつけなのよね」 「は、はぁ」 僕はこういうのはよくわからない。僕は親が適当に買ってきたものを着てるだけだし。 「ちょっとちょっと、これ良くない? 雑誌で見たやつっぽい。超かわいくない?」 佳織は自分自身に服を当ててこっちを向いた。 僕に訊かれてもどうすればいいのかわからないので、 「ま、まぁ、いいんじゃないかな」 と、適当に相槌を打つ以外できなかった。 「キャー、これもかわいい。どうしよう。ねねね、あんた、これどっちがいいと思う?」 「えっと、その。こっちかな。いや、でもこっち。いやいや、こっち?」 佳織の顔色をうかがいつつ、できるだけ奮闘してみる。 「あんたに聞いたあたしが馬鹿だったわね」 ちょっと失礼な気もしたけど、その通りなので言い返すこともできない。 僕にはファッションのことなんかこれっぽっちもわからないんだってば。 そんな僕の困惑もどこ吹く風、佳織はあれやこれやと鏡の前で試行錯誤していた。 「よし、この店ではこれね」 「んと、買うもの決まったの?」 「オーケー。次の店行くわよ」 まだ行くのか。 僕らは他にも何店か小奇麗なブティックをまわると近くの公園で休憩することにした。 この公園にはちょっとした休憩スペースがあり、きちんと屋根があって、石でできた椅子とテーブルが備え付けられていた。 ざーざーと降る雨は周りの雑音をかき消し、僕らだけがこの世界の住人みたいに感じられるほどだった。 「んー、いい感じにコーデが決まったわ」 「こーで?」 「ポイントは古着MIXよ」 「はぁ」 「シンプルな黒のノースリーブの上に一店目に買った古着のTシャツを合わせるのね。そして、このクラッシュ加工のされたデニムスカート」 「はぁ」 「そして靴はかわいい赤のパンプスでワンポイントにしたの」 「はぁ」 僕には、謎の呪文が佳織の口からとめどなくあふれ出してるようだった。 「さてと、いい買い物だったわ。明日が楽しみね」 「ん?」 「今日はありがとう。やっぱり一人で買い物じゃ味気ないもの」 「あ、うん」 一通り話し終えたのか、数秒無言が続いた。 そして不意に佳織が口を開いた。 「雨、止みそうにないね」 「うん、そうだね」 「ねぇ、あのさ」 「ん、何?」 「んーと、ラブレターの差出人、見つかったらどうするの?」 「え?」 「いや、あのさ、付き合ったりするのかなぁなんて」 「うーん、どうだろう。やっぱり会ってみないとわからないんじゃないかな」 その差出人がどういう人か、まだわからないんだから。 「それも、そうかも、ね」 「でも、やっぱり、好きって言われて悪い気はしないよ」 「うん」 またしても無言が僕らを包む。 屋根から伝わって足もとに落ちるしずくの音が僕の耳に障った。 「もし、もしもよ。あたしが――」 あまりにも小さい声で佳織が言うものだから、雨の音にかき消されて後半よく聞きとれなかった。 「え? 何か言った?」 佳織は胸の前でひらひらと手を振り、 「あ、いや、なんでもない」 と言うと、うつむいて口を閉じた。 佳織の様子がいつもとは違っているように感じられた。でも、僕にはそれがなぜなのかわからなかった。 公園の時計の針を見ると、もう六時を回っていた。 「そろそろ帰った方がいいかな?」 と、僕が提案すると、 「そ、そうね」 と、ぎこちなく、佳織が返した。 こんな佳織は初めてだった。なぜか僕の鼓動は高鳴っていた。雨のおかげで佳織にその音が伝わっていないのだ、という錯覚にすら陥るほどだった。 僕と佳織はただの幼馴染。うん、そのはずだ。ラブレターのせいで僕の思考が恋愛寄りになっているだけなんだ。僕は無理矢理に納得させた。 帰り道、僕らの間に言葉が交わされることはなかった。 雨はいまだに止む気配さえ見せなかった。 赤と紺の二つの傘がただ揺れていた。 |