ユグノーの書庫
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第四幕 古着MIX 「こんばんは」 僕の家の隣に佳織の家族が引っ越してきたのは幼稚園に慣れ始めた頃だったろうか。 夕方、佳織は佳織のお母さんに連れられて僕の家に挨拶にきた。 佳織は後ろに隠れて、こっそりと僕らの方を覗いていた。 「今日隣に引っ越してきた木下というものです。これからよろしくお願い致します」 佳織のお母さんは丁寧にお辞儀をして、 「これ、つまらないものですが」 と、包みを差し出した。 僕のお母さんはそれを受け取ると、 「いえいえ、ありがとうございます。あらあら、そちらのお嬢ちゃんも、よろしくね」 と、お礼を言った。 それに対し、佳織は何も言わず、顔を下に向けてしまった。 「ほら、佳織もちゃんと挨拶しないと」 佳織は佳織のお母さんに押し出されるようにして、 「よろしく」 と、か細い声で言った。 「ほら、あんたも言うのよ」 と、僕も押し出された。 「ん、んと、よろしく」 僕は何か恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。 「そちらのお子さんは何歳になるんですか?」 と、僕のお母さんが尋ねると、 「今年五歳になります」 と、佳織のお母さんは答えた。 「あらあら、うちの伸治と同じね。仲良くするのよ」 僕はどうしていいかわからず、家の奥に引っ込んだのだった。 そこで目が覚めた。白い天井が見えた。なんでこんな夢を見たんだろう。 昨日佳織が何か変だったことと関係があるのだろうか。 時計を見ると、学校が始まるまでぎりぎりの時間だった。 僕は急いで身支度をすると、何も言わずに家を出る。 おはようとか、いってきますとか、言わなくなって何年経つだろうか。いつの間にか朝ごはんを用意されることもなくなった。 降りしきる雨の中、学校への道を、急ぎ足で歩く。 そういえば、小学生の間は佳織と一緒に登校してたっけ。そんな気恥ずかしいこと、もはやできるわけがないだろう。 教室に着くと、すぐさま、佳織が僕の方にやってきた。 「おはよう!」 「うん」 「もう、元気ないわね。今日は作戦実行の日なんだから」 「作戦実行?」 僕の脳裏に不安がよぎる。もうこれまでに何回よぎったことだろうか。 「そうよ。昨日買った服があるでしょ。あ、れ、を……うふふふふ」 佳織の気色悪い笑いを聞いた僕は背筋に悪寒を感じた。 「な、何をする気なんだ?」 「はい、放課後のお楽しみ。じゃね」 佳織はひらひらと手を振りながら、なぜかスキップで席に戻っていった。 放課後が怖い。 そして放課後、 「さて、始めましょうか」 と、佳織が僕の方に歩み寄ってきた。 「さ、部活行こうかな」 と僕が立ち上がろうとすると、 「ちょっと、待ちなさいよ。今日は雨だし部活無いでしょ」 と、佳織が僕の肩を押さえつけた。 「筋トレでもしようかと」 「あんた筋トレ嫌いでしょ」 確かに。 「そんなことより。はい、これを着て頂戴」 佳織が僕の机の上に置いたものは昨日買った服一式だった。 「えっと、これは、どういうことなのかな」 「あんたが着るの。そのためにコーデしたんだから」 まさか、昨日の買い物が僕のためだったなんて想像もつかなかった。 「女装はちょっと僕の趣味ではないんですが」 僕は恐る恐る佳織を見上げた。 「文句言わない。差出人見つけたいんでしょ?」 僕が女装をするなんて。僕の人生に黒歴史を刻むことになるんじゃないだろうか。 「訊くけど、なんで女装しなくちゃいけないの?」 「作戦内容はこうよ。あんたが女装をする。すると差出人は『あれ、どこにいったのかしら?』って見失う。そこに現れたのがあんたに似てる女の子。『あの方のお姉さんか妹さんかしら?』ってなった差出人は、絶対声をかけてくるに違いないわ」 何かいろいろと無理があるような気がした。 「というわけで、着替えて頂戴。それと、これ。ヘアピンで髪型変えるのよ。ウィッグでもあれば良かったんだけど、そんなものあいにくあたしは持ち合わせていなくてね」 佳織にはむかえるはずもなく。 「んと、ここじゃ、恥ずかしいから。部室で」 教室で着替えるなんてもってのほかだ。 「わかったわ。あたしは、あんたの後ろから様子を観察してるから頑張って行ってらっしゃい」 「は、はぁ」 僕はそのまま部室に向かった。 やはり部室には誰もいないようで、ブレザーから用意された服に着替えることにした。 とてつもなく恥ずかしい。股がスースーする。 佳織はどこかで僕のことを見ているんだろうか。 それにしてもこれから僕はどうすればいいんだろう。そっから先のことを一切聞いてなかった。 とりあえず、学校の外に出たほうがいいよな。私服で校内をうろつくのはまずい気がするし。 校門を出ると、手持無沙汰の僕は適当に歩き回ることにした。 歩いているとだんだんまんざらでもない気分になってくる。おもむろにモデル歩きをしてみたり、傘を使ってポーズを決めてみたりする。 そういえばテレビで、人の性格は服装にも左右されるって言ってたっけ。囚人と看守の服装をさせる実験を見た気がする。 と、そんなことを考えていると、女の人から声を掛けられた。 「ねぇ、君」 まさかラブレターの差出人か、と僕が思ったのもつかの間。 「これ、前と後ろ逆よ」 と、笑われた。 「え、あ、その。すいません」 僕はしどろもどろになりながら、逃げることしかできなかった。 急いで部室に戻り、元のブレザーに着替える。 部室から出たところで、 「作戦失敗ね」 と、佳織が声を掛けてきた。 「もう、絶対、着ないからな」 僕は恥ずかしさで死にたくなるほどだった。 「残念。結構かわいかったのにな」 「もういい。帰る」 「あっ」 何か言いかけた佳織を置いて僕は家路を急いだ。 今日は僕の今までの人生で最悪の日だ。 |