ユグノーの書庫

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アライクライ

   第五幕 差出人

 

 僕が目を覚ますと、もう昼だった。休みの日はいつも昼を過ぎてから起きる。

 昼飯を食べ、自分の部屋に戻り、そしてまたベッドにもぐりこむ。

 昨日のことがまだ尾を引いていた。

 考えていたのは佳織のことだ。

 僕はこのままでいいんだろうか。いつも佳織の言いなりで。やはり男として、とても情けなくなる時がある。

 ただ、佳織以外に親友と呼べる人も無く、佳織がいなくなったらどうすればいいのかわからない。

 でも、佳織がいなくなれば、僕にも親友ができるかもしれない、とも思う。

 佳織がいるから、他の友達と親しくする必要もなく、ずるずると二人だけの関係になってしまっている気がする。

 いっそ佳織から離れてみたほうがいいんだろうか。

 そんなことを考えていた時だ。僕の机の上から携帯の着メロが流れてきた。この着メロは電話の方だった。

 僕の携帯に電話を掛けてくる人は一人しかいない。親からはメールでしか連絡が来ないからだ。

 僕は通話ボタンを押した。

「もしもし」

 向こうから聞こえてきた声は、やはり佳織だった。

「僕に何か用?」

 幾分冷たい声が出てしまった。さっきの考え事の余韻だろうか。

「いや、その、どうしてるかなって思ってさ」

「用が無いんだったら切るよ」

 佳織と何を話していいのかわからず、そんな言葉しか口から出てこなかった。

「待って。伝えたいことがあるの」

「何?」

「あのさ、ラブレターのことなんだけどさ」

「それが、どうしたの?」

 数秒間の無言が僕をやきもきさせた。

「……差出人が見つかったの」

 僕に衝撃が走った。さっきまで考えていた憂鬱が吹き飛んでしまったようだった。

「誰なの?」

「その人と一緒に公園のベンチで待ってる」

「わかった、すぐ行く!」

 僕は電話を切ると、すぐさま身支度を整えて家を飛び出した。

 昨日まで降りしきっていた雨はすでに止み、太陽が雲間から覗いていた。

 自転車を走らせ、公園へと急ぐ。

 どんな人なんだろうという期待と興奮が僕の胸を占めていた。

 公園へ着くと、自転車を放り出し、ベンチへと向かった。

 全速力で自転車を走らせたせいか、僕の呼吸は荒くなっていた。

「よっ、少年」

 そこにいたのは佳織一人だった。どこを見渡しても他に誰もいない。

「ラブレターの、差出人は、どこ?」

 息を整えながら僕は訊いた。

「ここにいるよ」

「どこにいるんだよ?」

「ほら、ここ」

 佳織は人差し指を佳織自身に向け微笑んでいた。

「どういうことだ?」

「だからね。あのラブレターはあたしが出したの」

「いや、だって、そんなはずは。言葉遣いとか全然違うし。佳織だって、一年生の誰かだって言ってたじゃないか」

 僕は何が何だかわからずうろたえるばかりだった。

「あたしは、これでも一応社長令嬢なのよ。丁寧な言葉遣いぐらい、じいやに教わってるわ。ただ、あたしはそれが嫌でこんな言葉遣いをしてるだけ」

「騙したのか?」

「そ。あたしはあんたを騙したの」

「僕がそれで右往左往するのを見て、喜んでたとでも言うのか?」

「そ。子犬みたいな真似をさせたのも、女装させてみたのも」

「最低だ」

 裏切られた。僕の気持ちを弄んだんだ。さっきまでの期待と興奮が憎悪と憤怒に塗り替わっていった。

「あたしはそんな女だから」

 小気味いいほどの破裂音が周囲をこだました。

 僕の平手が彼女の頬を打ったのだ。

 佳織の目からひとしずくの涙がこぼれ落ちた。

 僕は佳織に背を向け歩き出した。

 佳織が何かを叫んでいたが、僕の頭は佳織の声を拒絶した。