ユグノーの書庫
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僕が目を覚ますと、もう昼だった。休みの日はいつも昼を過ぎてから起きる。 昼飯を食べ、自分の部屋に戻り、そしてまたベッドにもぐりこむ。 昨日のことがまだ尾を引いていた。 考えていたのは佳織のことだ。 僕はこのままでいいんだろうか。いつも佳織の言いなりで。やはり男として、とても情けなくなる時がある。 ただ、佳織以外に親友と呼べる人も無く、佳織がいなくなったらどうすればいいのかわからない。 でも、佳織がいなくなれば、僕にも親友ができるかもしれない、とも思う。 佳織がいるから、他の友達と親しくする必要もなく、ずるずると二人だけの関係になってしまっている気がする。 いっそ佳織から離れてみたほうがいいんだろうか。 そんなことを考えていた時だ。僕の机の上から携帯の着メロが流れてきた。この着メロは電話の方だった。 僕の携帯に電話を掛けてくる人は一人しかいない。親からはメールでしか連絡が来ないからだ。 僕は通話ボタンを押した。 「もしもし」 向こうから聞こえてきた声は、やはり佳織だった。 「僕に何か用?」 幾分冷たい声が出てしまった。さっきの考え事の余韻だろうか。 「いや、その、どうしてるかなって思ってさ」 「用が無いんだったら切るよ」 佳織と何を話していいのかわからず、そんな言葉しか口から出てこなかった。 「待って。伝えたいことがあるの」 「何?」 「あのさ、ラブレターのことなんだけどさ」 「それが、どうしたの?」 数秒間の無言が僕をやきもきさせた。 「……差出人が見つかったの」 僕に衝撃が走った。さっきまで考えていた憂鬱が吹き飛んでしまったようだった。 「誰なの?」 「その人と一緒に公園のベンチで待ってる」 「わかった、すぐ行く!」 僕は電話を切ると、すぐさま身支度を整えて家を飛び出した。 昨日まで降りしきっていた雨はすでに止み、太陽が雲間から覗いていた。 自転車を走らせ、公園へと急ぐ。 どんな人なんだろうという期待と興奮が僕の胸を占めていた。 公園へ着くと、自転車を放り出し、ベンチへと向かった。 全速力で自転車を走らせたせいか、僕の呼吸は荒くなっていた。 「よっ、少年」 そこにいたのは佳織一人だった。どこを見渡しても他に誰もいない。 「ラブレターの、差出人は、どこ?」 息を整えながら僕は訊いた。 「ここにいるよ」 「どこにいるんだよ?」 「ほら、ここ」 佳織は人差し指を佳織自身に向け微笑んでいた。 「どういうことだ?」 「だからね。あのラブレターはあたしが出したの」 「いや、だって、そんなはずは。言葉遣いとか全然違うし。佳織だって、一年生の誰かだって言ってたじゃないか」 僕は何が何だかわからずうろたえるばかりだった。 「あたしは、これでも一応社長令嬢なのよ。丁寧な言葉遣いぐらい、じいやに教わってるわ。ただ、あたしはそれが嫌でこんな言葉遣いをしてるだけ」 「騙したのか?」 「そ。あたしはあんたを騙したの」 「僕がそれで右往左往するのを見て、喜んでたとでも言うのか?」 「そ。子犬みたいな真似をさせたのも、女装させてみたのも」 「最低だ」 裏切られた。僕の気持ちを弄んだんだ。さっきまでの期待と興奮が憎悪と憤怒に塗り替わっていった。 「あたしはそんな女だから」 小気味いいほどの破裂音が周囲をこだました。 僕の平手が彼女の頬を打ったのだ。 佳織の目からひとしずくの涙がこぼれ落ちた。 僕は佳織に背を向け歩き出した。 佳織が何かを叫んでいたが、僕の頭は佳織の声を拒絶した。 |