ユグノーの書庫

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アライクライ

 第七幕 交差した想い

 

 学校へ着くと、なぜかあわただしかった。

 ただ、佳織の姿はどこにも見当たらない。

 僕は、会いたくなかったからちょうどいい、と思うことにした。

 佳織の家にパトカーが止まっていたような気もするが、僕にはもはや関係のないことだ。

 一時間目から自習になった。

 二時間目、三時間目もそのまま自習で、何かが起こっているのは明らかだった。

 クラスメートのみんなもただならぬ気配を感じ取っているのか、異様な雰囲気に包まれていた。

 四時間目に担任の先生がやってきた。

「みんな落ち着いて聞いてほしい」

 次の先生の言葉を聞き漏らすまいと、その場はしんと静まり返った。

「言わなくてもすぐ噂になって伝わるだろうから、変な噂になる前に生徒のみんなに伝えることになった」

 言い知れぬ予感が僕の頭に上ったが、すぐさまそれを否定し押しとどめた。

「木下佳織さんが今朝、ご遺体となって発見された。まだ詳しい事情はわからないが自殺だろうとのことだ」

 佳織が自殺。頭を鈍器で殴られたような衝撃が僕を襲った。

 先生の制止も耳に入らず教室を飛び出した。

 佳織の家まで自転車をかっ飛ばす。

 僕のせいなのか。僕が佳織を殴ったせいなのか。でも元はと言えば佳織が悪いんじゃないか。佳織は僕を裏切ったんだ。そうだ佳織が悪いんだ。僕は悪くない。僕は悪くない。僕は悪くない。じゃあ、なんで僕は佳織の家に向かってるんだ?

 佳織の家に着くと僕は黄色いテープをくぐり家の中に踏み込んだ。

 もちろん警察に止められたが無理やり振り切り、小学生の時入った以来の佳織の部屋に入った。

 そこに佳織の姿はなく、ただ警察や鑑識の人がうろうろしているだけだった。

 警察の一人にとがめられたが、そこに声が掛けられた。

「伸治君、久しぶりね」

 佳織のお母さんだった。中学生になって佳織の家に行くこともなくなったので、会うのは久しぶりだった。

 佳織のお母さんはだいぶやつれた様子だった。さんざん泣いたであろう涙の跡が頬ににじんでいた。

「佳織は? 佳織は?」

「伸治君、あなたに見せたいものがあるの。警察に渡さなくちゃいけないんだけど、無理を言ってお願いしたの。伸治君にだけはこれを見せてあげたいって。佳織の生きた証だから」

 そう言って手渡されたものは一冊の日記帳だった。

 僕は、その日記帳を開いた。

 

 七月六日(晴れ)

 下駄箱にラブレターを入れとくなんて古風よね。でも、あたしは何とも風情があっていいと思う。それに面と向かって言えないことも言えちゃったりするし。

 好きな人を目の前にして『好き』なんて、あたしは死んでも言えない。高飛車で、傲慢で、不遜で、……臆病で……。

 そっか、そういえば伸治とは幼稚園の頃から幼馴染してたんだっけ。あの頃の伸治はあたしよりも背が低くて、ちっちゃくて。

 それなのにさ、最近あたしの背を抜きやがった。何か一気に立場逆転されるかもって思った。ただ、そうさせないように必死で耐えてるんだけど。

 ずっとそばにいたから、いつからとか考えなくなってた。ずっとそばにいたから、いつ好きになったのかもわからなくなってた。

 でもね。わかるんだ。伸治はあたしのこと、好きじゃないって。

 だめだな。こうして文に書いちゃうと涙が止まらないよ。その現実を目の前に突きつけられてる感じがしてさ。

 断られるのが怖くて、断られるのがわかってて、好きなんて言えないよ。どうして好きになっちゃったんだろう。

 素直になりたいな。

 素直に、なりたい……。

 

 七月七日(晴れのち曇り)

 そっか、日記つけるまで、今日が七夕だってこと忘れてた。短冊に願い事を書くなんて幼稚園の頃以来やってないかも。

 何て書いたかは今でも覚えてる。

『伸治のお嫁さんになれますように』

 伸治に見られないようにするのに必死だったな。

 あの頃は、まだ素直だった気がする。伸治にも素直に優しくできてたような気がする。

 最近はだめだな。どうしてもひねくれてしまう。今日も、伸治に変なことをさせてしまった。

 伸治はあたしの言うことを何でも聞く。でも、あたしはそれに苛立ってた。

 伸治はあたしのことどう思ってるんだろう。やっぱり嫌な女としか見てないんだろうか。

 でも、何をやってもあたしから離れて行ったりはしない。それがあたしに無意味な期待を抱かせてしまう。もしかしたらと。

 そんなことないっていうのはわかりきっているのに。

 最近わかったことがある。

 あたしは、そうやって、伸治を試しているのかもしれない。

 どこまでやれば、あたしから離れるのか。どこまでやれば、あたしを忘れてくれるのか。

 実らない恋をするのはとっても辛い。

 辛いよ……。

 でも、ダンボールの中の伸治はとってもかわいくて、あたしが、助けに行きたいくらいだった。

 あたしはなんてあさましい女なんだろう。

 

 七月八日(雨)

 今日はすごく楽しかった。久々のデートって感じ。

うん、わかってる。わかってる……。あたしたちは恋人なんかじゃない。

 でも、それでも、楽しいことには変わりない。好きな人と一緒にいられるだけで、いいんだ。そう、それだけで。例え、伸治があたしのことを何とも思っていなくても。

 あの公園のベンチでのこと。伸治にあたしの言葉が聞こえていたら、伸治はなんて返したんだろう。

 あたしが訊きたかったこと。それは、『もしも、私がラブレターの差出人だったら』。伸治はどう返しただろうか。

 そんなこと、あるわけないって、笑い飛ばすだろうか。

 そうよね。だって伸治はあたしのことなんか、好きじゃない。好きじゃないんだよ。

 あたしは伸治にとって、邪魔な存在なのかもしれない。あたしがいなくなれば新しい恋も見つかる。だって、伸治は伸治が思ってる以上にかっこいいんだよ?

 伸治のことを考えるたびに、伸治のことを好きな気持ちが膨れ上がっていく。

 この行き場のない思いをどうすればいいの?

 

 七月九日(雨)

 今日こそ嫌われたかな。もう話してくれないかもしれない。

 伸治にちゃんと嫌われれば、踏ん切りがつくんじゃないかな。あたしにも他に好きな人ができるかもしれないじゃない。

 ――うん、わかってる。そんなことあたしには無理。やっぱり伸治以外、あたしには考えられなくなってる。

 嫌われたくない。でも、嫌われた方がすっきりするはず。でもやっぱり嫌われたくない。

 伸治を見てるとさ。いじめたくなっちゃうんだ。嫌いだからじゃない、好きだからいじめたくなる。

 これって、変かな? あたし、やっぱり変なのかな?

 わかんないよ。自分の気持ちなのに。

 でも、女装した伸治もめちゃくちゃかわいかったな。

 そんなことを考えてるあたしが嫌いだ。もう大嫌い。

 伸治にとってあたしなんかいなくなっちゃった方がいいんだ、やっぱり。

 明日、終わらせよう。

 

  月 日(  )

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

最後のページ。見開きいっぱいに書かれた『ごめんなさい』の文字が伸治の心を打った。自然と涙があふれ出てきて、日記帳にぽたぽたと雨を降らせた。

 僕のことしか書いてないじゃないか。

 こんなにも僕のことを思ってくれてる人がいたなんて。

 何て僕は鈍感なんだろう。そういえば、佳織にも鈍感だって言われたことがあった。

 でも、佳織、一つだけ勘違いをしていることがある。

 僕の方なんだ。佳織は僕のことなんか好きじゃないって、僕はそう思ってたから佳織を好きになるのをあきらめたんだ。

 本当は僕は佳織が好きだった。だから、どんなことを言われたって佳織の言うことを聞いてこれたんじゃないか。

 好きだからこそ、裏切られた時があんなにも辛かったんじゃないか。

 なんで僕にそのまま言ってくれなかったんだよ。僕のことを好きだって言ってくれてたら。いや、違う。僕が言わなきゃいけなかったんだ。ちゃんと僕が言わなかったから。

 結局、僕らは似た者同士だった。ただ自分をごまかし続けてきただけだったんだ。

 ごめん、ごめんよ、佳織。

 僕はその場に崩れ落ちた。